支局長からの手紙:運をつかむ /愛媛

6月1日13時1分配信 毎日新聞

 「オリンピックで優勝するには何が必要かわかりますか」。愛媛大教育学部の堺賢治教授に質問されました。答えに窮したのを見て堺教授は断言しました。「運をつかむことです」
 前回、この欄で取り上げた総合型地域スポーツクラブの取材をした時のことです。国立大で全国初となる同クラブを愛媛大に設立するにあたり、鹿児島県・鹿屋体育大の田口信教教授が記念講演をしました。現在の西条市出身の田口教授はその中で、五輪で優勝するには「運」が大切と説きました。質問は講演の内容に基づいています。堺教授に詳しく聞きました。
 田口教授は鹿屋体大で、柴田亜衣選手が所属する水泳部の顧問の立場にありました。柴田選手は4年生だった04年、アテネ五輪の競泳女子八百メートル自由形で金メダルを獲得しました。競泳日本女子の自由形として初の金メダルの快挙です。田口教授は「神様が運をくれた」と思い当たりました。
 柴田選手は五輪前、「体が壊れる可能性もある」と水泳部監督が振り返ったほどの厳しい練習をこなしました。しかし、それだけではありません。普段の生活では、水泳部の飲み会で仲間の不始末を片づけたり、命じられたわけではないのにトイレ掃除を続けていました。国内トップレベルの選手でありながら、率先して下働きをする姿を田口教授は見ていました。金メダルを取ってからもおごることなく、柴田選手の姿勢は変わらなかったといいます。
 田口教授が「運」を感じたのは、自らの体験に根差しています。高校在学中の1968年にメキシコ五輪に初出場し、競泳男子百メートル平泳ぎで泳法違反のため失格となりました。次の大会での金メダルを目指して猛練習するだけではなく、神頼みをしました。
 どうすれば願いはかなうのか。神様が望ましいと思うことを実践することではないか。そう考え、人の世話をしたり役に立つよう心掛けました。どんなに練習で疲れていても授業中、一度も居眠りはしませんでした。電車では決して座らずお年寄りに席を譲り、積極的に人の嫌がるトイレ掃除などもしました。
 同じ種目で出た72年のミュンヘン五輪で念願の金メダリストになりました。田口教授は「神様は僕に運をくれた」と実感しました。だから柴田選手が優勝したのも「神様の喜ぶことを自然にしてきたから」と評するのです。
 講演の内容を教わり、脈絡ないことを思い浮かべました。趣味のランニングの練習で松山市の中心部を走っていると、始業前にグループで歩道などの掃除をしている会社員や高校生を見かけます。ポリ袋を手にたばこの吸い殻などを拾いながら散歩をしている人もいます。思い浮かべたのは、そうした人たちのことです。感心しているだけでは申し訳なく、私も支局前を掃除するようになりました。側溝の近くや歩道上、街路樹の根元などの吸い殻などは絶えることなく、気持ちがついぎすぎすします。松山市では、罰則のある路上喫煙禁止条例の制定を求める動きも起きています。
 吸い殻を拾いながら運を拾おうとしているのかもしれない。吸い殻と一緒に運も捨てているのではないですか。気持ちをそう向けて掃除をしていると、心に少し余裕ができます。金メダルと歩道の掃除では目的が違うけれど、どのように運をつかむのかという点で通じるものがありそうです。
 「運」とか「神様」とか、荒唐無稽(こうとうむけい)に過ぎますか。田口教授の話をよくわかる気になっているのは、「お天道(てんとう)さまが見てるよ」と言われて育ち、今もどこかで戒めとしているからでしょうか。【松山支局長・小泉健一】
 koizumi‐kenichi@mbx.mainichi.co.jp

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