特集:第57回県短歌大会 写実的で個性豊かに /大分

5月28日15時1分配信 毎日新聞

 今月10日に開かれた第57回県短歌大会(県歌人クラブ、毎日新聞社主催)には126首の応募があり、選者選に9首、参加者の互選に7首が入賞した。写実的で詩的空間をつくり出した作品や、既成概念を排除した個性的な作品が目立った。入賞作と選者の評、選者賞最高の県知事賞を獲得した大分市の竹内乃里子さん(47)、互選最高の県議会議長賞を受けた国東市の江村加代子さん(69)の喜びの声を紹介する。
 選者は、県歌人クラブの伊勢方信会長のほか、井上登志子、太田宅美、小野ヱミ子、鶴本幸子、長野〓子、日野正美、藤野和子、八坂俊行、山本和可子の各氏が務めた。(作者、評者は敬称略)
 ◇選者賞
 ■県知事賞
 定刻に君があらはれ席に着く職場の気温が5度上昇す 大分市 竹内乃里子
 【評】
 ▽下句の発想、表現が類を見ない独特のうまさだ。君がどういう人物か明示せず、読者に投げかけた詠み方も奏功。センス抜群で秀作。(八坂)
 ▽定刻に現れ、席に着く。職場の気温を5度も上昇させる君とは一体何者か。「君」がくせもの。新しい感覚の歌。(小野)
 ▽5度上昇するのは厳しい上司か好意の持てる人か。「君」が微妙ながら、職場の雰囲気が想像でき、新しい感覚である。(井上)
 ▽教職にある作者独特の人間愛。君は意の人か長欠の教師か。いずれにせよ、定刻という切迫さを通した安堵感が、2度でも3度でもない5度を感じさせた。(太田)
 ■県教育長賞
 マロニエの枯葉を土産に呉れし友老いて歌より離りてゆきぬ 大分市 文月照代
 【評】
 ▽マロニエの枯れ葉は遠い日への郷愁だろう。淡々と事実を述べているが、それゆえに短歌を離れた友への感慨が伝わる。(小野)
 ▽くしくも同年代の選者4人が選んだ。上句に叙情表現に余韻がある。下句に老いの哀れさ、さみしさを共感した。(鶴本)
 ▽若いころはおしゃれな友だったろう。高齢には勝てなかったのか、寂しむ思いが切ない。「呉れたりき」で1首を切りたい。(日野)
 ■県芸術文化振興会議理事長賞
 クラクション二つ鳴らして夫帰る側溝のふたの音響かせて 大分市 工藤澄子
 【評】
 ▽作者と夫の合言葉を果たすクラクションの音と数と側溝を踏む音。音以外の何物も描かず、音による遠近法で状況描写。(伊勢)
 ▽日常細事を自己に引きつけうまく構成。ささいなところに気付く神経の細かさを最大限に評価。集中佳吟の一首である。(八坂)
 ▽日常の習いを事実そのままに詠んで、待つ作者の心の動きまで伝わってくる。「二つ」を省き「夫帰り来る」では。(日野)
 ■大分市長賞
 それぞれに詮(せん)なきことを語りつつ草刈り終えしくるま座の酒 竹田市 秦昌彰
 【評】
 ▽共同作業の汗の後、輪になって酌み交わす酒。後継者不足、過疎化など詮ない愚痴も出よう。名詞止めで引き締め、余情を出した佳作。(山本)
 ▽近隣者間の区役がだんだん失われてゆく中、日曜の朝の草刈りの後、実に貴重な交流の場。この場面、リーダー不要、酒に絡む話が弾む。(太田)
 ■県歌人クラブ会長賞
 ふるえつつ花びらは降る雪のごと私はあなたに手紙を書こう 別府市 赤松彰子
 【評】
 ▽手紙を書こうと呼び掛ける相手は夫でなく、作者の若き日の青春の幻の人かもしれない。いろいろ想像して尽きない心情の働きが楽しい。(鶴本)
 ▽柔らな肌触り、感触がいい。具体的表現が情感を呼ぶ。ナイーブな上句とずばりと言い切った下句に初々しさを感じる。(日野)
 ■県歌人クラブ賞
 両親の言い合いの原因(もと)つくりたる子は無頓着にナイター見ている
日出町 目代みや子
 【評】
 ▽両親の言い合いの原因を作った孫が無頓着にナイターを見ている。無頓着でいておもしろいと思った。(藤野)
 ■毎日新聞社賞
 白川郷の大き囲炉裏に火は燃えて帰省子のごと人ら寄りゆく 竹田市 鈴木啓子
 【評】
 ▽合掌造りの民家が赤々と燃やす囲炉裏火は人間の原始の営みに通じる。その郷愁を古里に帰る帰省子ととらえた点が秀逸。(山本)
 待ち時間長き外来駄駄っ児の義姉(あね)をなだめて車椅子押す 大分市 秦正子
 【評】
 ▽義姉に見られる老化の兆しを理解し、感情を抑えて介護の車椅子を押す。臨場感に迫るものがある。(伊勢)
 寒椿の花の奥までもぐり込み約束ひとつせしやメジロは 大分市 稲葉信弘
 【評】
 ▽やさしい花と小鳥を据えて、力感ある不思議な歌だ。寒椿とメジロの約束も、意外とすんなり結ばれたりして。(小野)
 ◇互選
 ■県議会議長賞
 施設にてむなしき母の繰り言を精いっぱいの笑顔に受くる 国東市 江村加代子
 ■大分市議会議長賞
 悪性ではなしと告げらるるその一瞬千本の菜の花胸に咲き満つ 由布市 佐藤礼子
 ■県歌人クラブ会長賞
 幼子の内緒話のくちびるにあふるる言葉耳こそばゆし 大分市 津野律余
 ■県歌人クラブ賞
 春の陽(ひ)のぬくとき小道爺のあと箒(ほうき)引きずり幼(おさな)が歩く 大分市 三又陽子
 ■毎日新聞社賞
 鶏舎にて卵産み継ぐにわとりは反転さえも許されずして 大分市 江口美千代
 老の身を支えるわれに杖(つえ)一本おしやれなセンス研(みが)きて選ぶ 竹田市 井上妙子
 歌詠みて迷いし言葉消しゴムの屑(くず)に包まれ捨てられてゆく 杵築市 後藤映子
 【評】
 江村作。慣用表現とも言えるが、母の思いを全身で受け止める姿は敬けんに見える。
 佐藤作。沈痛な思いから解放された一瞬の喜びを、菜の花にこと寄せて巧みに表現。
 津野作。親密な幼子と作者の関係が描出されており、読者の心に灯(ひ)をともしてくれる。
 三又作。好奇心にあふれる幼子の動きを引き寄せ、眼前の光景として鮮明に表出した。
 江口作。自由を奪われた鶏の境遇の向こうに、現代人の一側面が見えてくるようだ。
 井上作。加齢に負けず、自分流に生きたいという願望が、一本の杖に象徴されている。
 後藤作。言葉を包むものとして、消しゴムの屑を擬人化したことで上質の歌となった。(伊勢)
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 ◇あえて対象をぼかして--選者賞1位・竹内乃里子さん
 由布高校で国語の教員をしています。思いがけない受賞でびっくりしました。「君」とは同じ職場に勤める仲のいい女性の友人のことです。その友人が現れるだけで私のテンションがあがり、うれしくなる様子を「5度上昇」と表現しました。朝は目であいさつをし、昼も一緒にご飯を食べます。私は友人でしたが、読まれた皆さんそれぞれが、恋人だったり尊敬する上司などを思い浮かべてもらえればと、あえて対象をぼかして詠みました。
 ◇老人ホーム入居の母を--互選1位・江村加代子さん
 老人ホームに入居している母を訪ねる時のことを詠みました。本人は「どこも悪くない」と言っていますが、時々夕食を食べたことも忘れます。毎回「なんでここにいるの? 私も帰ろう」と繰り返します。連れて帰ってあげたいけど、家の事情でなかなかできない。そんなとき、相づちを打って精いっぱいの笑顔を返します。受賞するとは思っていなかったのでうれしいです。皆さん身につまされる思いをされていたのかもしれません。

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