◇長きにわたる発掘調査、成果を展示 出土品や全体像紹介--6日~来月22日
発掘調査の成果を基に平城京の姿を紹介する平城遷都1300年記念特別陳列「平城京発掘-ここまでわかった奈良の都」(毎日新聞奈良支局など後援)が6日から、県立橿原考古学研究所付属博物館(橿原市畝傍町)で始まる。これまでの発掘調査の出土品から、当時の人々の暮らしぶりを知ることができる。3月22日まで。【高島博之】
発掘調査は、1922年に平城宮跡が国の史跡に指定されたことに伴って始まった。平城宮跡は奈良文化財研究所、それ以外の京域は奈文研、橿考研、奈良市教委、大和郡山市教委が担当しており、こうした関係機関が展示に協力している。
平城京は方位にのっとった大小の道路が整備され、最も大きな朱雀大路は幅約70メートル、長さ約3・8キロもあった。ちょうど関西国際空港の滑走路とほぼ同じ規模だったことが、長年の発掘調査で明らかになった。朱雀大路を含め、平城京全体の構造を分かりやすく紹介する。
◇整備された道路や水路
大路や小路と呼ばれる道路の両脇には側溝が掘られた。最大の朱雀大路の側溝は幅6メートルあり、単なる排水路ではなく、物資輸送の水路だったことがうかがえる。また、当時の暮らしを物語る遺物が出土している。
◇願いや呪い、人形に込め
三条大路の側溝や東市と呼ばれる市場のそばを流れる東堀河の発掘調査では、木製や銅製の人形(ひとがた)が数多く見つかった。人形は、病気払いの願いや呪いを込めて、水に流すまじないに使ったとみられる。
◇偽金造りの現場跡?も
莫大(ばくだい)な費用がかかる平城京造営を支えるため、和同開珎(かいちん)などの貨幣造りが盛んに行われた。しかし、公的な記録に残っていない場所から貨幣造りの跡が発掘されており、私鋳銭(偽金)が造られていた可能性があるという。
当時の庶民の暮らしぶりが分かるような日用品のほか、奈良時代の政権中枢を担った皇族や貴族の邸宅跡から見つかった出土品も並べられるという。月曜休館。大人400円、高校・大学生300円、小中学生200円。